高松高等裁判所 昭和33年(ネ)201号 判決 1964年4月15日
控訴人 森崎浩一
被控訴人 植田アサ子
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し丸亀市土器町字川古一、四四八番地の一田一反三畝六歩を引き渡せ。訴訟費用は第一、二審分とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、認否、援用は、次に附記するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
控訴代理人は当審証人森崎千代子(第一、二回)、同植田登、同増田助市、同若林秋男、同小林保則、同小西数馬の各証言及び当審における控訴本人尋問の結果を援用し、被控訴人は当審証人草薙小三郎、同若林ハルヱの各証言及び当審における被控訴本人尋問の結果を援用した。
理由
貸主たる控訴人と借主たる被控訴人との間に、本件農地につき、賃貸借契約が存続していたこと、並びに、その賃料が昭和三〇年以降は年額一、七〇三円と定められていたことは当事者間に争いがなく、また、右賃貸借契約は、大正時代に控訴人の父と被控訴人の亡夫の父との間に締結せられ、控訴人がその貸主たる地位を、被控訴人が亡夫を経てその借主たる地位を、それぞれ承継したものである旨の被控訴人の主張事実は、控訴人の明らかに争わないところであるから、控訴人はこれを自白したものとみなす。
控訴人は、要するに、被控訴人が賃料の支払いを怠つたばかりでなく、控訴人の承諾を得ずに転貸したので、法定解除権を行使し、これにより右賃貸借契約が終了した旨主張しているのであるから、先ず、右解除権の発生原因の存否を審究することとする。
農地法第二〇条第二項の規定は、単に都道府県知事の許可の要件であるばかりでなく、民法の一般規定に対する特別規定として農地の賃貸借契約における法定解除権発生の要件でもあると解するのが相当である。けだし、そのように解することは継続的契約関係の性質に適し、かつ、耕作者の地位の安定と農業生産力の増進とを図る農地法の目的に副うばかりでなく、そのように解しなければ、一旦都道府県知事の許可を得て法定解除権を行使せられた農地の賃借人は、右許可が裁判外または裁判上取り消されないかぎり、民法の一般規定のみにより解除の効果を甘受しなければならないこととなつて、農地の賃借権を特に厚く保護しようとする同条項の趣旨を貫ぬき難いからである。
ところで、被控訴人が本件賃貸借の昭和三〇年分及び翌三一年分の賃料につき、少なくとも昭和三二年三月末日まで、その支払いの提供をしなかつたことは当事者間に争いがなく、原審証人草薙鶴一、当審証人草薙小三郎の各証言並びに原審及び当審における被控訴人本人尋問の各結果によれば、被控訴人は昭和三一年の稲作当時だけでは本件農地を耕作せず、控訴人の承諾を得ないで若林秋男に耕作させ、その収穫米を同人に収得させたことを認めることができ、原審証人植田登、原審及び当審証人若林ハルヱ、当審証人若林秋男の各証言中、若林秋男が本件農地を専ら耕作したのは昭和三〇年であつた旨の各部分並びに原審及び当審(第一回)証人森崎千代子の証言中及び当審における控訴本人尋問の結果中、右認定と異なる部分は、いずれも容易に信用し難く、他に右認定に反する証拠はない。
なお、原審証人森崎千代子の証言の一部によれば、被控訴人は本件賃貸借契約における昭和二八、九年分の賃料は遅れて昭和三〇年二月頃支払い、控訴人はこれを受領したことを、原審証人香川広一の証言及び当審証人若林秋男の証言の一部によれば、若林秋男が被控訴人容認の下に本件農地の表土を削除(いわゆる掘田)してその土を処分したことを、それぞれ認めることができ、右認定をくつがえすに足る証拠はない。
しかし、原審証人森崎森次郎、同草薙鶴一、同横井博、同香川広一、同草薙惣次郎の各証言、原審及び当審証人若林ハルヱ、当審証人若林秋男の各証言の各一部並びに原審及び当審における被控訴本人尋問の各結果を総合すれば、被控訴人は、夫が三人の子を残して戦死したので、昭和二一年親族の勧めに従い亡夫の弟である植田登と内縁関係を結び、同人とともに引続き本件農地の耕作に従事し、本件農地についての賃料も順調に支払つていたところ、昭和二七年頃から右登が家業を怠り、賭け事に耽つて浪費するようになり、被控訴人の自作田を勝手に売却し、耕牛や豊機具も勝手に売却するとともに、性格がすさんで被控訴人に乱暴な仕打ちを加えるに至つたこと、そのため被控訴人は生活に困窮し、前認定のとおり昭和二八、九年分の賃料を遅れて支払い、昭和三〇、三一年分の賃料も延滞するほかなかつたこと、被控訴人は昭和三〇年頃から農業に従事する傍わら生活費を得るため保険会社に外勤社員として勤務したが、主として右登の不行跡のため農耕に支障を来たしたので、亡夫の妹とその夫である若林ハルヱ及び若林秋男から本件農地の耕作につき援助を受け、被控訴人も右秋男の自作田の耕作を手伝い、いわば共同作業の形で農耕に従事して現在に至つたこと、その間前認定のとおり昭和三一年の米作のみはやむを得ず右秋男に一任したものであることを、それぞれ認めることができ、また、成立に争いのない甲第二号証及び乙第一号証、当審(第一回)証人森崎千代子の証言の一部並びに原審及び当審における被控訴本人尋問の各結果を総合すれば、被控訴人は、昭和三二年三月頃控訴人の妻に対し昭和三〇、三一年分の賃料額を用意した上、これを支払うから本件農地を引続き耕作させてほしい旨申し入れたところ、控訴人の妻からすでに契約解除の手続をしているから賃料を受領しない旨断言せられたので、同年五月一五日居村の農業委員会長に右二か年分の賃料額を預託し、右賃料額は同年六月一七日弁済のため供託せられ、以来本件賃貸借契約の賃料は同様供託せられていることを認めることができ、さらに、原審及び当審証人若林ハルヱ、当審証人若林秋男の各証言の各一部によれば、前認定のいわゆる掘田は、隣接の水田が掘田せられて本件農地に水を導入することが困難となつたので、耕作の必要上やむを得ず行われたものであつたことを認めることができる。原審及び当審(第一、二回)証人森崎千代子、当審証人増田四郎の各証言並びに当審における控訴本人尋問の結果中、右各認定に反する部分は信用することができず、他に右各認定を動かすに足る証拠にない。
原審証人大間知健二の証言により真正に成立したと認める甲第一、三号証によれば、控訴人は昭和三二年五月三〇日香川県知事から本件賃貸借契約解除の許可を受けたことが認められ、かつ、控訴人が同年六月五日及び同年同月一二日被控訴人に対し本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがないけれども、前認定の諸事実を総合して判断すると、本件賃貸借契約において、被控訴人は、賃料の支払いを怠り、本件農地を控訴人の承諾を得ずに転貸するなど、借主としての義務に違反したことがあつたにも拘らず、いまだ農地法第二〇条第二項第一号の賃借人が信義に反した行為をした場合または同項第五号の解除すべき正当の事由がある場合(同条第二ないし第四号は本件に関係がない。)に該当する事実はないものと解するのが相当であり、従つて、控訴人は右各解除の意思表示の日までに本件賃貸借契約の解除権を取得しておらず、従つて、右各解除の意思表示はいずれもその効力を生じなかつたと解するのが相当である。
そうすると、右各解除の意思表示のいずれかが効力を生じたことを前提とする控訴人の本件請求は理由のないことが明らかであり、これを棄却した原判決は結局相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 安芸修 東民夫 水沢武人)